2011年8月17日水曜日

British Virgin Island sailing Day 3 その2


その1(落水したシンクローよりつづく)

シンクローが海水をくみ上げようと、海になげたバケツに引っ張られて落水した直後に
デッキにへたり込んでしまったなっちゃんだったが、すぐさま真寿美をサポートにつけて
二人でしっかりとシンクローのいる場所をみているように指示する。 
落水で一番怖いのは、落水者を見失ってしまうこと。 大海原で50mも落水者から離れてしまえば、海上にみえる人間の頭など、簡単に見失う。  場所が特定できなければ、どんなに迅速に行動できたとしても落水者にたどり着くことができない。    逆に、しっかりと場所を特定していれば、時間が多少かかったとしても落水者(溺れたりしなかれば)にたどり着き救助することが出来る。

救命ブイを船体から取り外して海面になげるにも少し手間取り、ブイを船上から投げることができたのは、みるみる小さくなるシンクローから100m以上は離れてしまった。 
次に艇速を落とすため、エンジンを停止する。 (少し前より、帆走+エンジンで艇速を稼いだ)
それでもジブセールとメインセールがあがった状態での追い風なので、艇速は5ノット程度はあっただろう。 ターンの遅い、このカタマランで向きを越えてシンクローに戻るよりも、船尾に吊るされたエンジン付きディンギーを使うほうが早く救助できると判断したが、これが間違いだった。 ディンギーを真ちゃんと二人で海上にゆっくり落とそうと固定しているシート(ロープ)をリリース。 ディンギーが海上に接するやいなや、大きな海面の抵抗に引っ張られて、ディンギーもあわや横転するところだった。 急いでシートを皆で引き上げて、横転しそうになるディンギーを固定。  

あとは、できることは、このカタマランで一刻も早くシンクローの落水地点まで引き返すことだけだ。 
CatJackを風上に向けて、クルー全員でセールを下ろす。 
その間にも、目に涙を浮かべていたなっちゃんと真寿美は、小さくなるシンクローの姿をずっと追いかけていた。  二人からシンクローの位置を確認すると、はるかかなた300mは離れたところに、もはや海上の点となったシンクローがいた。  さっそく、エンジン全開でそちらに向かう。  落下したバケツを逆さにして空気をため浮きにして必死に泳いでいるシンクローが近づいてくる。    CatJackが近づくとシンクローの顔にも安堵の笑顔が見えた。    そしてシートを投げて、舳先より無事に救出、わずか10分たらずの出来事だったが、メンバー全員が肝を冷やした大事件だった。    
 
(もちろん、救出劇の最中の写真などはないけど、救出される直前のシンクローです)


デッキにあがったシンクローの無事救出に、皆にも笑顔がもどったが、泳ぎに自信がない人が落ちていたらどうなったことか。   25年のヨット暦で初めて体験した自身の乗るヨットからの落水だったが、いかに普段の訓練で練習していたことが実施できなかったかも思い知った。  
運転席のナビパネルにあった、落水ボタンを押せなかった。 (これをおこなえばGPSで落水位置を特定できる)   救命ブイをはずすのに手間取ったが、デッキ上には、浮き輪やクッション、海に浮かぶものがいくつもあったのに、どれも投げようとも考え付かなかった。  ディンギーを下ろそうとしたのも判断ミスだった。  反省は数々あれど、怪我もなくシンクローが無事だったことがせめてもの救い。  今回貴重な体験をした乗組員の皆にもこれらの反省を心の隅においておいてほしいと思う。 (もちろん、そんな体験が役に立つようなことが、あまりあってはならないが) 

その後、役には立たなかった救命ブイを回収し、とりあえず、トラブルから脱出。  横転しそうになったディンギーからは、オールが一つ海に流れてしまったが、無事に救出できたことに比べれば、小さい小さいと気にしない。 The Dogsに向けてセーリングを再開。

(The Dogsの手前で落水救助のためにCatJackが迂回していることがGPSにもくっきり)



The dogsは3つの無人島が集まっていて、もちろんハーバーなどもないところだが、ダイビングが有名らしく、日中はモーリング(海底に打たれたアンカーから海上に浮かぶ係留ブイに、ラインを結んで船を固定すること)ができるブイがそれぞれに島に用意されている。  一つ目の島、George dogのモーリングブイは全部、埋まっていたので、となりの島、Great Dogのブイにモーリング。   さっそくシュノーケリングを開始。 
 
ここは、いままでの潜った砂浜の海岸とは違い、岩場が近く深いこともあって、いろんな熱帯魚が見え隠れ。   さすがに人気のダイビングスポット。  

(岩場にはさんご礁とその間にトロピカルフィッシュが見える)





ヨット上ではKevinさん、たんちゃんの昼食準備がスタート。  今日はなんと、親子丼!  カリブの海で熱帯魚を見たあとで、親子丼が食べられる贅沢を皆で堪能。 もちろん、シンクローの無事生還を祝う
乾杯も忘れない。   



(親子丼を目の前にビールで乾杯。 さながら移動する海の家?)

 



The Dogsでのランチとシュノーケリングを2時間ほど楽しみ午後1時45分には、本日の宿泊先のScrub Islandを目指して再びセーリングを開始。   このリゾート、実は一番楽しみにしていた宿泊先。  事前の調査で、まだリゾートができて半年ほどしか経っていない最新の場所ということと、なによりサザビーズが投資しているリゾートのウェブページでみた写真が素晴らしかったので。   

(ScrubIslandを目指しながら、再びケンケン釣りを再開。 
今度は鰹があがった。 )






セーリングスタートして1時間ほどでScrub Islandの手前にはMarina Cayという小島が見えてきた。 この島もSabaRockのように小さい岩礁に囲まれた島で、カリブでラム酒を製造販売している、Pusser's Rumが、この島の所有者だそうだ。    島の周りがエメラルド色に光っている。 
見た目はとても奇麗だが、海底が浅い砂浜や珊瑚なのでヨットにとっては注意が必要な箇所だ。   浅瀬をさけて、Marina Cayを大回りすると、今度はScrubIslandの西側に位置しているScrubIsland Marinaが見えてきた。 



皆デッキにでて、Marina Cay, Scrub Islandの素晴らしい眺めにしばし見惚れる



(砂浜と岩礁に囲まれているMarina Cay, 右奥がScrub Island = 観光ガイド用写真が撮られた頃にはまだScrub Island Resortが存在していない)










(左の奥がScrub Island, 右側がMarinaCay, 間にはモーリングしているヨット、カタマラン、パワーボートが)








モーリングは海上で気軽にできるし、係留料金も$20~30と割安だが、海が揺れれば当然係留しているヨットも揺れてしまう。  反面、係留料金はちょっと高くなるものの、桟橋にドックすると係留時のゆれはほとんどなくなるし、陸上から電気をひくこともできる。   本日、CatJackはScrubIslandにドッキングをし、ローレライはモーリングを選択した。  わたるん夫妻もディンギーで夕方にはScrub Islandに乗り付けて、夕飯は一緒にという計画だ。 



(海から見えてきたScrub Island Resort)



CatJackがScrub Islandに近づくと、豪華リゾートが皆の目にも飛び込んでくる。  無線でハーバーマスターに連絡すると、今日のドッキング場所を指定してきた。  CatJackは42Feetのカタマランでカリブ海でセーリングしている中でも中型~大型サイズだが、リゾートに留まっているパワーボートやカタマランはどれもCatJackより大きいものばかり。   指定されたハーバーが見えてくるとハーバーマスターもポンツーン(埠頭)にでて、ラインをとる準備をしてくれている。   大きい埠頭とはいえ、狭いマリーナ内での方向転換はちょっと緊張。  カタマランなので、後進のほうがやりやすいと知識ではわかっていたが実行するのは初めて。 慎重に左右のエンジンを操作しながらポンツーンにゆっくり後進。  運転席が後方にあるので、後進だと船幅も意識しながら埠頭との距離も目視しながら操船できる。  ふーん、それでバックが操船しやすいと言われているのかな?  無事に着岸したあとは、複数のラインでCatJackを固定して完了。     

ハーバーマスターの案内で、リゾートホテルのロビーにてチェックインするよう言われる。
豪華な調度品とソファがあるロビーに入ると、ヨーロッパのリゾートにいるようだ。 チェックインは椅子に座った状態で。 
ヨットの一日の係留費用は、$87!  これで大人9人がカタマランに宿泊して、リゾート施設を全部利用できるんだから、破格といえるだろう。 (水道代と使った電気代は別ですが)
メンバーは各自、プールにいったりリゾート内見学したりして、自由に過ごす。 気にすることなく、シャワーを浴びることもできる。   ジャグジー、プール、スポーツジム、もちろんシャワーやトイレもリゾート内にあるので、水タンクの量など気にすることなく、シャワーを浴びることもできる。   


(プール内には、そのままカウンターに行けるバーもある)












プールで軽く泳いでカクテルを楽しんだあとで、メンバーのうち5人でディンギーにて、隣のMarina Cayに遊びにいくことにする。 
ディンギーで10分程度でMarina Cayに到着。 
さっそくPussers' Rumの店でお土産物色。 皆で$100買ったらただでラムがもらえるというので、皆で土産をどんどん購入!もちろんフリーでPusser's Ramをゲットです。 




(皆で土産買ってゲットしたPusser'sRumはパイナップルの中身をくりぬいてそこに入れてカクテルに)

















(Marina Cayの埠頭には、この電話ボックスの前にLive Cameraが設置されている。 ポーズをとっているのは、インターネットを通じてのアピール? )


5番のMarina Cay電話ボックスを選んだあとに
現在のライブカムの映像がみえるが、画面横の右メニュー、
Find My Photoを押して、 7月5日、4時20分を選ぶと
我々が写った映像も発見!!  おーっと感動したが、当たり前か。。。











ディンギーで日が暮れる前にScrub Islandに戻る。 
釣り上げた鰹はタタキにして、軽く乾杯。  

晩飯はScrub Islandのアウトドアテラスで海を見ながらいただいた。 















いろいろあった一日であったが、カリブに来て初めての豪華リゾートに、皆大満足。 
パイナップルのラムカクテル(強烈に強い)の甘味のせいか、酔いも早い。 
『明日どうしようか?』   
『え~!まだココにいたーい』  
『Scrub Island最高!』 

そうだね、日程は余裕あるし(酔いのせいで誤解している?)、もう一泊ここに
いようか~。  

リゾート気分に浸りながら、Scrub Islandの夜は更けていった。 



本日の記録
Day 3 ( July 5th ) Day run 16.2 nautical miles
AM 9:30 Departed Leverick Marina
AM 10:58 Shinkuro MOB
AM 11:08 Shinkuro was rescued
AM 11:45 Arrived The Dogs
PM 1:45 Departed The Dogs
PM 3:16 Arrived Scrub Island Resort
PM visited to Marina Cay

2011年8月13日土曜日

British Virgin Island sailing Day 3 その1


Leverick Marinaに朝が来た。 
シンクロー夫妻は朝のジョギングにでかけている。  



(朝のLeverickMarina)


天候はBVIについて以来右肩上がりで、今日は朝から青空が広がっている。 
朝ご飯(CAから持ち込んだ切り餅をフライパンで焼いて、海苔をまいた磯部焼き!)
を食べて、9時半にMarinaを出発。 出航時にデッキにある、ハッチが空いていたのに気が付かず、片足が落下するハプニングに襲われたが、大事にはいたらず(左わき腹摺傷)、無事に離岸。  まずは同じ湾内の東側にあるBitter End、Saba Rockを目指す。  ここにもLeverickマリーナに負けないくらい大きなヨットハーバー(Bitter End Yacht Club)があり、周辺には係留されているヨットが何十杯も見えた。  Saba Rockは直径が数百メートルの島で、レストランとリゾート施設があるそうだ。 もちろん小さい島なので、船で行くことしかできない。  我々は島の前をゆっくり通りすぎて海からのSabaRockの景色を楽しむ。  周りのビーチには白い砂浜が広がり、海の色が青に緑に変化している。   


(わたるん夫妻のローレライ号)












すばらしい景色をカメラに収めようと、皆デジカメ片手にデッキ上で写真撮影大会。   本当にキレイだったVirgin Gordaの北側を後に次はThe Docksという3つの島があつまるダイビングスポットをめざす。  
湾からでると、直ぐにセールをあげて帆走開始。  
The Docksまでは約1時間弱のセーリング、今日からは追い風なので、CatJackも快適に進む。  帆走が安定したら、さっそくつりを開始する。  ケンケンといって、ルアーをラインでぶら下げて、その先には海面でばたばたと泡をたてる木製の浮きがついた仕掛け。  船尾から20Mくらいラインをだして、浮きの様子を見る。  まあ直ぐにはつれないさ、ビールでも開けて眺めをみていると、浮きの動きが変化したのを宗一郎が見つける。  
『ラインを引き上げてみようか?』 とりあえず、ラインを手繰り寄せてみると、一発でラインが重くなっているのがわかった。  『かかってるよ!』 おー!  CatJackの乗組員全員の視線が集まるなか、らいんを宗一郎と二人で巻き上げていく。  10mも手繰ると、ルアーの先にきらきら光る魚がかかっていることがわかる。  まだまだ生きがよく、引き上げられまいと大きく抵抗して右に左に泳いでいる銀色に光る魚が船上の皆にもはっきりとわかる。 『さば?』、『かつお?』、『マグロかもよ~。』  期待が膨らむなか、ラインを手繰り寄せていくと魚影が見えてきた。 んんん~。 魚を確認したぼくの口から『あ~残念バラクータだよ』 の声に一同がっかり。 
というのも、このあたりにはバラクータが多く、釣っても食べられないし、歯が凄く、凶暴なので、釣り船にはあげるなと言われているのがバラクータだったので。   
ラインをヨットの船尾からバラクータまで1Mほどのところまで手繰り、ラインをあとは固定して、
バラクータが弱るの待つ。
10分程度はたっただろうか、バラクータの動きが止まったので、手繰り寄せようとラインを手に取ると、最
後の力を振り絞って大きく跳ねたところで、絶命したようだ。
デッキにあげると、体長80cmほどの立派なバラクータ。  大きな口のなかには、キリのような牙が何本も並んでいるのが見える。  

(釣果の第一号はバラクータだった)


















(鋭い牙がならぶ大きな口)




さてこいつどうしよう? 
カマスの仲間だから、焼いたら食えるんじゃない?  
そんな声もあがったので、とりあえず捌いてみることにする。 
船尾のステップに包丁を持って、三枚卸スタート。 頭を落とすと
鮮血がデッキをぬらすが、デッキ用のシャワーで宗一郎が流してくれる。 
半身を開いてみると、(見た目は)おいしそうな上品な白身だった。
魚の形のせいか、鰆にそっくりに見えた。  残りの半身を開いて、3枚卸完成、デッキに残る血が気になっていたところで事件は発生した。 
勢いの弱いシャワーより、海水をバケツでくみ上げてデッキに流そうと、ひも付きのバケツを海に投げ込んだ、シンクローが被害者だった。 
『うおっつ』、大きな声を出す暇もなく、バケツごとにシンクローが海に引っ張れて、落水。 一瞬の出来事に皆、何が起こったのか把握できない様子だった。 
『落水!落水!』 まずは、大声で叫んで全員に知らせるも、見る見る小さくなるシンクロー。 
目の前で旦那様が海に落ちるのを見ていた、なっちゃんが驚きのあまりデッキにしゃがみこむ。
サロンから飛び出してきた仲間も事態が把握できない様子。   

シンクローの運命は。。。 (その2に続く)



(空いていたハッチに落ちてできた傷、シンクローの落水とは関係ありません。。。)





















2011年8月9日火曜日

British Virgin Island sailing Day 2

て本日から、いよいよ本格的にBVIのセーリングがスタート。 
昨日はTortolaに戻ってきてしまったので、今日のセーリングで距離を稼いで、もともとのスケジュールに戻したいところ。  その前に今朝は二つほどやらなければならないことが。  ①修理したジブセールの取り付け  ②フィッシングライセンスの受け取りだ。 

(朝のRoadtown、周りには係留されているヨットがみえる。 町には赤い屋根のTortola島のハトヤが見える=似てないですか? 伊東あたりにー笑)


朝8時半に昨晩の残りのカレーを食べていると、電話が鳴る。 チャーターカンパニーのYannからでセールの修理は完了したので、これからパワーボートで届けに来るので係留場所を教えてくれとのこと。   場所を告げてから15分程度で沖から走ってくるパワーボートが見えた。 CatJackに横付けしてジブセールを受け取って装着作業。 こちらは10分で片付いた。   さて次はフィッシングライセンスだが、こちらは9時にならないと役所がオープンしないから、それ以降でないと無理なのはわかっている。     それでも本日のセーリングの距離を考えると直ぐにでも出発したいので、時計を見ながらちょっとイライラ。  

(やっぱりカレーは翌朝ですよね。Kevinさん!)









(セールの受け取り、セットも無事終了。) 




9時半が過ぎ、10時が過ぎたところで電話がなった。  Jannからのもので、ライセンスを受け取れたからこれからRoadtownのフェリーターミナルに向かうとのこと。 すぐにディンギーに飛び乗って、フェリーターミナルに向かう。   ターミナル正面のパーキングにてJannを見つける。 月曜日はお休みにも関わらず、ライセンスの申請のために役所にでかけてくれて、ここまで持ってきてくれた。  ライセンスを受け取り、彼女に感謝を伝えた後、ディンギーに飛び乗って、CatJackに戻る。 乗船と同時に出航準備開始、RoadTownを出発したのは10時20分だった。   今日は昨日と違い、太陽が見えてやっとカリブ海らしいセーリングとなった。 風は15ノットくらいで最高のセーリング日和。 今日はメインはフルセールでVirgin Gorda島の最南端にあるTheBathを目指す。 ジブセールも修理されたことだし、風上にガンガン上って行きたいところだ

上り角度で50度~55度くらいしか風上に進めない。 プレジャー優先のカタマランではこんなものなのかな。  機帆走でなるだけ上り角度を稼ぎ、昨日にシュノーケリングしたCooperIsland近くまで進む。 そこからベアして、TheBathまでは帆走で進める計算だ。  このあたり、Ginger IslandからThe Bathまでの連なる小島付近は岩礁が広がっているようで、チャート上でも立ち入り禁止の区域になっている。 いつの時代のものなのだろうか、座礁した船の残骸らしきものも肉眼で見える。   デッキに皆、水着で横たわりゆっくり流れる海と景色を楽しんでいる。  BGMで流れる山下達郎のどの曲も今の風景にぴったりだ。(スギーノ、選曲ありがとうございました!) チャートでThe Bathまでの距離が1マイルを過ぎるころには、エメラルドグリーンの海岸に白く輝く砂浜とそれを囲む巨大な岩が見えてきた。  BVIでも人気のスポットで海岸前に係留しているたくさんのヨットも見えた。  海岸の目の前に空いている係留ブイを見つけてアプローチ、風下から入り、ブイにラインを固定。  二日目になると皆もこのヨットに慣れたようで、係留もスムーズだ。    無線で連絡をとると、わたるん夫婦のモノハルもあと20分程度で到着できそうとのこと。 わたるんの乗るローレライ号が見えたところで、ディンギーにて出迎え。 夫婦二人だと、一人がヘルムをとって、もう一人がブイを拾って、シートで固定する作業は慣れるまでは大変なので、係留作業をディンギーよりお手伝い。  これで2艇、CatJack、ローレライともに本日の最初の目的地The Bathに到着。 (到着時刻は12時30分)


係留したCatJackの目の前には、パンフで見たような海の色と白い砂浜が広がるビーチ。  各自海に飛び込んだり、海岸まで泳いだりThe BathのDevil's Bayを満喫する。  今日のお昼はソーメン。 スギーノと真ちゃんの担当だ。   海からヨットにあがって、皆でソーメンをいただく。  屋外でソーメンを食べると、小学生の頃に田舎の縁側で食べたのを思い出す。  大きなボール二つ分のソーメンも11人の胃袋にかかるとあっという間に空になる。 


(Devil's Bayの正面に留めたCatJack上での一枚)




(お昼はソーメン)


出発目標の3時まで、思い思いにすごす。  上陸してTheBathを散歩する、なぜ名前がThe Bathなのか、よくわからないが、巨大な岩が転がって作り出された自然の迷路と洞窟を総称してThe Bathと呼んでいるらしい。 





(The Bathに横たわる巨石からできた自然のドーム)


午後3時過ぎにThe Bathを出発してLeverick Marinaを目指して北上。  Virgin Gorda島の一番北側に位置するマリーナに4時半前に到着。 マリーナに無線で連絡して係留場所を確認。  マリーナではヨットのサイズや形を判断して、ドックをアサインする。    このマリーナはBVIの中でも比較的大きく大型のヨットも係留されていた。  なかでもひときわおおきなカタマランが目だっていた。  船名はNecker Belleとあって、我々のサイズのカタマラン2艇以上の長さだった。   指定のドックにCatJackwo係留したら、マリーナから電気を引いて、WiFiのステーションに電源ON.  さっそく、このNeckerBelleをググッてびっくり。 Virgin グループのオーナー Richard Bransonの105Feet(32m)の豪華カタマランだった!



(Leverick Marinaに係留されているNeckerBelle。 カタマランの横幅も普通の倍以上!)
















 (係留したCatJack)









今晩は自炊はせずに外食に行くことに事前から計画していて、Virgin Gordaでは一番うまいと評価のあったイタリアンレストラン Giorgioを予約しておいた。 トップシーズン(冬)の間はジャケット着用の店ということだったので、Tシャツと短パンからちょっとだけおしゃれして、タクシーにてレストランへ。 
こんな遠くまで大変だったろうと思うほど、イタリアンワインのコレクションは充実していた。 食事はまずまず。 でもちょっと高めだったかな。   

(Reverick Marinaからタクシーで20分のイタリアンレストラン Giorgio )












夕食後にCatJackに戻って、Tシャツに短パン、そしてデッキで潮風を感じながら焼酎で一杯。
こっちのほうがやはり我々にはずっと合っているようです。 



(シンクローが日本から運んできてくれた吉四六。 今日もお酒がすすみます) 












Leverick marineの写真があまりなかったので、Websiteを紹介。 (それにしてもこのサイトよく出来てる。 実際はもっと田舎ですー笑)



本日の記録
Day 3 ( July 4th ) Day run 21.0 nautical miles
  AM 10:18 Departed Road Town
PM 12:34 Arrived The Bath of Virgin Gorda
PM 3:15 Departed The Bath
PM 4:52 Arrived Leverick Marina

2011年8月8日月曜日

British Virgin Island sailing Day 1

チャーターしたカタマラン、”CatJack”はなかなか快適だった。 全部で4つのバースがあり、それぞれにシャワーとトイレが独立して付いている。 それぞれのバース出口から階段を4,5ステップあがると、共同スペースのサロンとキッチンがある。  サロンのソファーには6人がゆったり座れ、向かいの椅子やチャートテーブルの折りたたみ椅子をだせば、9人全員がソファー周りに集まることができた。  冷蔵庫はフリーザーつきの小型のものが2台。  野菜や冷蔵庫にいれる必要のない食料品のダンボールは2箱ほどだったが、サロンのテーブルの下に押し込んで、残りの9人分の1週間の食料も二つの冷蔵庫になんとか収納できた。   エアコンは装備していないが、各バースにある小さい扇風機と各自が持ち込んだゴザのおかげでまずまずの安眠を確保できた。 ただし、ちょっと足が痒い。。。。。 湿気のせいもあって、バースのマットレスにはダニがいるようだ。 天気がいい日にデッキに干したほうがいいなどと話がでる。    

(ベットルームはこんな感じ。 ヨットの船内とは思えないくらい十分に広い)








朝8時にチャーター会社のオフィスがオープン。  必要書類にサインし、BVI内をセーリングするためのCruising Tax,National ParkFeeなどを支払う。 そうそう、ケンケン釣りを持ってきたので、フィッシングライセンスもお願いしないとと口にすると、チャーター会社のJannの顔がちょっと曇った。 『我々はフィッシングライセンスを発行できないので、役所で発行してもらわないといけないです。』 え~~! 釣りは楽しみの一つだったのに! さらに話をきくと、本日は日曜日だから役所は明日までオープンしないという。  とりあえず、書類申請の準備だけを行っておこうということで、Jannの協力のもと、オンラインで申請書類を作成しておいた。  

(チャーター会社オフィスにて。 お世話になったJann)

次に船内の艤装品から大まかな装備の使い方のレクチャーを受けて、人数分のシュノーケリング道具を積み込む。  バッテリーは十分チャージされているが、燃料タンクが2つのうち一つが3/4程度、それから昨日シャワーなどで使った分の水の補給を行う。 後ろにつけられたディンギー(アンカーリグした場合には、こいつを使って陸に上陸)のキーもなかったので、そちらも受け取る。  昨晩判明したデッキのサロンのライト切れも修理してもらう。 (やっぱりヨットのレンタルではいろいろと事前にチェックして出航前に直さなければならない問題が多い)   


最後にYannが来て、これからの航海のブリーフィングを行ってくれる。  まずは、BVI周辺で入れない地域(珊瑚などを保護しているところや、岩礁で危ない場所)の説明と、立ち寄ったほうがよいスポットなどを今後の我々の航海プランと照らしあわせて教えてくれる。 

(チャーター会社のオフィスマネージャーYannからレクチャーを受けているところ)


もともと出発前にメンバー各位でいろいろ調べておいたので、我々のコースや立ち寄りプランはほぼYannの推薦してくれた場所をカバーできていた。   最後にひとつだけ、皆で決めなければいけないことがあった。  それはUA便の荷物4個がまだBVIに来ていないので、そいつをどうやって受け取るかということ。 

 それともう一つはFishingLicenseのことも。(Fishingラインセンスなしの罰則は相当厳しいと聞いていたので、ケンケン釣りのライン一本でもきちんとライセンスを取得しなければならない。) Jannが明日の朝一で役所に行き、申請してくれるというが、どうやって受け取るのがよいのか。  オリジナルの予定にしたがい、隣の島、Virgin Gordaに向かってしまったら、荷物もFishingLicenseも受け取ることができないので、最初の予定を遅らせて、2日目から予定にのせるプランを考え直した。  

というわけで、本日は一番近いCooper Islandまでセーリングしたあと、RoadTownに夕方までに戻り、フェリーターミナル近くに係留。 UAからの荷物が届き次第にフェリーターミナルで通関して受け取り、翌朝 FishingLicenseが発行出来次第にJannにRoadTownまで車で来てもらい、我々はディンギーでフェリーターミナルへ行き、そこでライセンスを受け取るというプランにした。  結構綱渡りだが、なんとかなるだろうと、一同納得して、いざ出航!  MayaCoveを出たのは12時を少し回った頃だった。 当日の天気は残念ながらの曇天であったが、海はどこまでも青く、皆初めてのBVIクルーズに興奮気味。  MayaCoveのエントランス周辺にはかなりの岩礁が続いていて、チャネルマークがハーバーをでてから90度に曲がっていた。  マークが近づくと、浅い岩礁が見え隠れ、こりゃ浅くて危ない。  最後のチャネルブイを抜けていよいよ外洋にでたとたんに強い風。  どんな感じで走るかわからないヨットなので、安全に2ポイントリーフ(強風時の縮帆)でメインセールをホイスト。  目指すCooperIslandは風上に位置しているので、ジブセールもあげるが強い風のせいでうねりも大きく(3m)、42Feetのカタマランはふらふらと揺れながら帆走開始。 途中、ジブシートの中間部分、リーチ付近のセ-ルに切れがあることを発見。 風も強かったため、切れが広がらないように気を使いながら帆走。  これもまた、今後のセーリングを考えると大問題ではあるが、とりあえず今は目的地のCooperIslandを目指すことに。    普段のモノハル(普通の形のヨット)になれているので、まったくヒール(傾かず)しないで進むカタマランは不思議な乗り心地。  ラダーの反応も鈍く、大型トラックのようにステアリングが向いている方向にドーっト進む感じ。 

 風は20ノットをオーバーしだしたので、メインを2ポイントリーフしておいてよかったと心の中で思う。  艇速は5ノット程度が表示され、普段乗っているレース艇と比べると帆走性能は雲泥の差で、シーアンカーを打っているように感じる。 でも今回はレースにきたわけではなく、皆で楽しむセーリングなので、これで十分。   皆はサロンの屋根やバウ前方のデッキ部分でBVIの海の色と風を楽しんでいた。  何度かタックをしているうちにCooperIslandの海岸線にやしの木とモーリングしているヨットが見えてきた。 一時間弱のセーリングでCooperIslandに無事到着。 モーリングブイを拾ってカタマランを無事に係留、到着するやいなや息子やシンクローは青い海に飛び込んだ。 

残りのメンバーもテンダーのディンギーにてCooperIalandResoortのポンツーン(桟橋)に到着。 BVIにて二つ目の島、CooperIslandに上陸。    海岸正面にあるリゾートにはレストランとバーがあって、まずはそこでランチを食べることにした。  真っ青な海が見えるレストランで食べる食事とカクテルの美味さは格別であった。  ランチのあとは3時過ぎまで各自が自由に過ごすこととし、リゾートのブティックで買い物したり、海でシュノーケリングしたり、デッキで昼ねしたりしてあっという間に時間が過ぎた。  


(CooperIslandで昼食をとったCooperIlsand Clubの店内からの一枚。  レストランの正面にはビーチが、そしてその向こうには係留されているヨットがみえる)


さて、本日はRoadTownまで戻らなければならないが、セールの破れもなんとかしないといけない。  CooperIslandを出航して、RoadTownにへさきを向けたところで、チャーターカンパニーのYannに電話する。  ジブセールの破れを報告すると、状況をみたいので、RoadTownに行く前にMayaCoveに戻ってきてほしいとのこと。   破れている部分は30cm程度なので、補修用のセールやリペアテープがあれば、その場で応急処置をするつもりかもしれない。  とりあえず、MayaCoveを目指して帆走する。 

帰りは追い風でやはり20ノットオーバー、CatJackはクオーターリーの風をうけて快調に帆走。  MayaCoveには1時間かからずに到着。  エントランスブイからJannに再度連絡。 一番沖よりのポンツーンにポートからつけろとのこと。  湾内にはいると、大型のカタマランのマニューバリングにちょっと緊張するが、エンジンが二つあるので、思った以上に小回りが効く。 うまく着岸すると、Yannが直ぐに乗ってきた。 ジブセールを開いて破れ部分を確認する。  応急処置ではできないレベルのようで、セールをヨットからはずすという。  皆で作業を手伝ってあっという間にジブをはずして、きれいに畳む。 

我々の手際のよさに、Yannもびっくり。  いつも52Feetクラスのジブセールを畳んでいるのだから、それに比べれば簡単なので当たり前といえば当たり前だが。  換えのセールがあるのかと聞くと、どうやらないようなのだが、明日の朝までに修理するとのこと。  とりあえず、日没前に今日の係留予定地のRoadTownに急いだほうがよいとのYannのアドバイスで、すぐに出航。  『明日からはVirgin Gorda島から北に上がってしまうので、明日の朝までにセールが必要だよ』と僕の問いかけに対して、Yannは『これから大至急修理して、明日の朝には必ず届けるから大丈夫』と答えてくれた。  が、大丈夫なのかな~? 

 MayCoveからは20分程度の機走にて、RoadTownに到着。  途中で携帯にもUAから荷物がSTT空港に届いたので、夕方6時にRoadTownに到着するフェリーに乗せたとの伝言も入っていた。  係留ブイはフェリーターミナルの直ぐ横につけた。 これならフェリーまでディンギーで直ぐにいける。    係留すると、当番のシンクロー夫婦がカレーつくりを開始して、残りメンバーはお手伝いと夕日を見ながらノンビリすごす。    6時過ぎにはもう一度電話が入り、我々の荷物が無事にRoadTownについたのとこと、さっそくディンギーを降ろしてフェリーターミナルへ向かう。   大型フェリーが付く桟橋にディンギーを係留して、入国事務所へ。  フェリー客がまだ行列しているので、彼らが終わるまで待つように言われる。  やく20分後にようやく列がはけ、我々の荷物を受け取る。  通関もなにも、自分の荷物を指差すと、名前も中身も確認せず、OKOK Go ahead and Take these out!だって。  UAに預けた荷物4個をディンギーに乗せて、無事にCatJackに帰還。   これでシャワーを浴びたあとで自分のシャツを着ることができる!  

 モノハルのわたるん夫婦は本日はブリーフィングの後で風が強いことを知り、出航をやはり一日遅らせることとしたので、RoadTownのMooringチャーターのベースにいることが判明。 無線で連絡をとって、CatJackに合流することに。  RoadTownの夜景を見ながら、デッキ側のサロンでカレーライス。 

やっぱり南国にはカレーとビールが似合う。     そして、食事の後には、大トランプ大会が午前2時まで続き二日目の夜は更けていった。 



(シンクロー夫妻が作ってくれたカレーをデッキ側のサロンで食べる。)




(やっぱり大勢でのトランプは大富豪? もう皆上がっているのに、カードどっさりで大貧民争い中の僕)












明日の心配事はいろいろあるが(修理したセールやFishing Licenseの受け取り)、今晩もアルコールとトランプで楽しんだおかげで、ぐっすり。 

2011年7月27日水曜日

British Virgin Island sailing Day 0

久しぶりにブログを更新することにした。 

Transpacのレポートから、丸2年も手付かずだったブログですが、今回はBritish Virgin Islandへのセーリングツアーについて記録を残すこともかねて書いてみます。 

初めてのカリブ海でのセーリングは2000年のSt. Martinだったが、その際に会ったセーラーやチャーターカンパニーの人たちに他にセーリングするなら世界の何処がいいと思う? と聞いたら何人もの人が口にしていたのがBritish Virgin Islandだった。 それを聞いてから絶対に次はBVIと決めていたが、実現するのに11年もかかってしまった。 当時7歳だった息子が18歳となり、9月からは家をでてフィラデルフィアの大学に行くこともあり、家族揃っての記念のイベントともなる。   ベアボートチャーター(ヨットだけをレンタルして、あとは自分達で操船して好きなところにでかける)するので、一緒に行く楽しい仲間も誘ってトータル11名の大所帯となった。皆で、手分けしてチャーターカンパニーを調べて、10人乗りのカタマラン(Lagoon 420 )を予約したのは3月。 (仲間の一人は36Feetのモノハルを夫婦で借りることになったので、カタマランには9名 )それから4ヶ月を指折り数えて待ちに待った旅行だった。

7月1日(金曜日)の午後には、早々に仕事を切り上げて自宅に戻りパッキングを仕上げてあとは22時発のフライトにあわせてSFOに移動、日本から参加のシンクローともSFO空港内で合流してさっそく乾杯とDinner. 1次会だけでは飲み足らず、空港内で移動し2次会は、ワインで軽く乾杯。 








(SFO内のレストランにて2次会)

各パーティとも22時以降のフライトでそれぞれ出発、現地を目指す。  うちの家族はUAでWanshington経由だった。  Washingtonに到着は2日の早朝着、2時間のトランジットののち、US Virgin IslandのSTT(St. Thomas Airport )にほぼ定刻の現地時間午後1時半に無事到着。  BaggageClaimに行くと、すでにカクテル片手にカフェにてトランプしているシンクロー夫妻と合流。  あとは僕らの荷物を受け取ってタクシーにのり、シャーロット港から目的地British Virgin IslandのTortola島行きのフェリーにのれば、夕方4時前にはTortola一の大きな町RoadTown入りしているはずだった。。。。。 プライオリティタグ付だから、最初の方で出てくるはずの我々の荷物だったが、荷物を受け取る客でごった返していたBaggageClaimががらんとなっても、我々の荷物は出てこなかった。  結局、うちで預けた荷物2個、それに同じフライトだった真ちゃんの荷物2個がロスト。  

カウンターでのろのろと動きの遅いローカルのUA地上スタッフに問い合わせると、我々の荷物4個はWashington空港で見つかったらしい。 ロストラゲージの書類に記入してから、我々の目的地はUSVirginでなく、BritishVirginで明日からクルージングにでかけるから、クルージング先の停泊港に荷物を届けさせようと得意のクレームをまくし立てていると、USVirgin(米国)からBritishVirgin(英国)へは入国審査があるために、BritishVirginの入国ポートのRoadTownのフェリーターミナルまでしか荷物を届けることはできないらしいことが判明。  しかも、我々の荷物のあるWashingtonからUSVirginに来るフライトは24時間以上後の、明日の午後3時着までないという!    ガーンとかなり思いブローを食らったが、文句を言ったところで、到着が早まるわけではないので、気を取り直して先を目指すことにした。 (もちろん荷物をきちんとトラックして、現地に到着したら、荷物だけフェリーに乗せてこちらの携帯電話まで連絡することを約束させることは忘れない)  

(STTの空港UAカウンターにてLost LaggageのClaimFormを記入、笑うしかない、真ちゃん)



空港のバゲージクレームの直ぐ横にはところ狭しとバンスタイルのタクシーが並び、観光客を次々と飲み込んで、目的地に向けて発車していく。  タクシー乗り場前に立つ親父にBritishVirgin向けのフェリー乗り場に行きたいと、我々が告げると、指定されたバンにアメリカ人カップルと乗り合いの7人乗車でフェリー乗り場まではわずか10分のドライブ。 タクシー代は一人$7也。   移動で見たUS Virginの町並みはマレーシアやインドネシア?はたまたオアフ島じゃないハワイの田舎風などというのが皆のコメント。  車はアメリカ本土からの輸入が多いのか左ハンドルなのだが、道路は左側通行で、イギリス植民地時代の名残なのだろうか。

 

  フェリーターミナルにつくと、今度はタクシーの運ちゃんなのか、フェリーの客なのか、フェリー会社の受付なのか区別がつかない人たちでごった返していた。  『Where are you going?  Do you have a passport?』 と呼びかけていた兄ちゃんはフェリー会社の人だった。 BritishVirginでも複数の港が各島にあるので、Tortola島のRoadTown行きと告げると、フェリーは10分後だから急いでパスポートを出せという。 なんとなくウサンくさいが、指示に従い、チケットとBritishVirginの入国書類を受け取り、フェリー乗り場へ。   出発直前のようで、フェリー内には既に多くの客が座っているのが見えた。  とはいえ、乗り場の横のバーが見えてしまったらラムベースのカクテルをオーダーしないで乗船できるわけなく、人数分のラムコークを(Mount Gay Rumベースで)ゲットしてからフェリーに乗り込む。   船内に乗り込むとフェリーは直ぐ出発して湾内を180度ターンして、BVIを目指す。 トロピカル気分をラムコークは盛り上げてくれるたせいもあって、湾内でもバスクリン色の海がまぶしい。  


  

(US Virgin Islandから British Virgin Islandへの移動フェリーの船内にて、もちろん手にはラムコーク)



そこから40分程度の移動で、British Virgin 最初の港、West Endに到着。 湾内には何十杯ものヨットやカタマランがモーリング(ブイを使った係留)されている。   俺達も明日からこんな風にヨットで島を回るんだ、そんな風に思ってヨットを眺めていた。 



(フェリーが到着したTorotola島の最初のターミナルWestEnd)


そこから20分程度で、我々の目的地、Road Townにフェリーは到着した。   RoadTownはTortola一の大きな町とガイドに書かれていたが、やはり南国の田舎の港町といったところか。 フェリーターミナル周辺には多少は高層(といっても10階立て以下)の建物が見えるものの、緑の山々が町の直ぐ後ろに迫り、狭い平野部分に町並みがちらほらあるような感じ。  一つしかない入国審査とカスタムチェックにフェリーの乗客全員が並ぶので、フェリーターミナルから無事に出れたのは到着から20分は過ぎた頃だった。   それほど大きくないフェリーターミナル前のロータリーにはタクシーが行列しており、その中から適当に一台をみつけ、我々のレンタルしたカタマランがあるマリーナ、MayaCoveまで向かってもらう。   


(RoadTownフェリーターミナル前)



途中でこれから1週間、9人分の食料を調達するので、町で一番大きなスーパーに立ち寄ってもらう。   フェリーから5分で、スーパー、LiteWayに到着した。 ここはさながら小型のSafeWay(North Californiaによくある大型のチェーンスーパー)。 入り口入ってすぐに寿司のケータリングのサインがあったことにはびっくりだが、アメリカのスーパーで購入できるものはほとんどある様子。 ただし値段が高い。 USVirginから一緒にフェリーに乗った客の中には大きな買い物袋に日用雑貨を山ほど詰めた人たちがいたのは、物価の安いUSVirginで買い物してきたというわけだったようだ。   カートに乗り切れないくらいの食料品を買ったあとで、MayaCoveまで15分程度のドライブ。  到着は5時半過ぎとなった。  タクシーから荷物を受け取ったものの、ハーバーオフィスはどこなのか? 我々のチャーターボートは何処に? ととりあえずマリーナ側に歩いていったところ『Are you Mr. Minami's party?』上半身裸の兄ちゃんが声をかけてきた。 チャーターカンパニーのManager、ヤン(Yann)だった。  『君達のチャーターボートは向こうのポンツーンにあるやつだから、とりあえず荷物を運びいれよう』 皆で荷物を持ってチャーターボート(Lagoon420というカタマラン)に向かうと、きれいに掃除されたヨットが佇んでいた。 デッキにはオーダーしておいたビールや飲み物($400相当、9人の1週間分)が無事に届いて山済みされているのが見える。   到着メンバーは荷物を運びながら42フィートのカタマランの大きなサロンやキャビンに大喜び、夕日がくれるころには後発のKevinさん、タンちゃん、それにスギ~ノも到着して、カタマランにて9人が無事集合した。  その晩は南家が夕食担当で、ドライトマト、ベーコン、たまねぎを炒めたパスタをつくり、ビールやワインで乾杯。 


(結構広い、Lagoon420のサロン)



全員の無事到着(我々の荷物以外は)を祝った。  あとは、長時間のフライトの疲れをシャワーで洗いながしたいところだったが、我々には着替えが入った荷物がな~~~い。   荷物がちゃんと届いたシンクローやなっちゃん、それにKevinさんらに着替えのT-Shirtsや短パンを借りて、一日目の夜が無事に過ぎていった。   荷物が無事に届くのか? どうやって受け取ろう? 明日のコースも変更しなければいけない? そんなことを考える暇もなく、あっという間に夢の中。 

2009年9月2日水曜日

After 2250 miles of sailing : TP-8 fin

夜があけると、クルー全員がデッキにでてきた。 
10マイルオーバーで帆走するLEGLUSのポートサイド(左手側)にはモロカイ島が見える。 
これまでのレースを振り返りながら、モロカイ島を見ていると、陸地の存在からか格別の
安心感を感じた。  もう、他に何も見えない太平洋のど真ん中ではないのだ。 
そして25マイル前コールを行う。 もうコミュニケーションボートではなく、ダイヤモンドヘッドの
大会本部へのコール。   




そして、最後の難関モロカイチャネルが近づいていた。 
レーススタートの6ヶ月前のレースに初めて参加するチームのための説明会で
見た、トランスパックレース中に壊れたヨットの写真を思い出した。 
セールが破れたものなどトラブルに入らないくらいに、船に大きなダメージを
追った過去の参加艇達。 マストが折れたもの、ブームが曲がったもの、ラダーを失ったもの。
45回の歴史の中でそういったトラブルが一番頻繁に起こった、マウイ島とモロカイ島の
強い風と強い海流が流れているその場所がモロカイチャネル。


モロカイチャネル突入前にCode3にセールチェンジ
左手にココヘッド、そしてその向こうにダイヤモンドヘッドが見える。


夜明け前、モロカイ島東を帆走中に補修をして頑張っていたRunnningSpinnakerも破れてしまった。 
無理もない、補修をした72時間以上も時には20ノットオーバーの風を受け続けてくれた。 
これで残っているスピンネーカーは2枚だけになってしまった。 
正確にいえば、Code3とレインボーというニックネームのGennakerセールのみ。 
これはLEGLUSにとっては非常に厳しい最後の試練かもしれなかった。 
LEGLUSは元々大阪メルボルンダブルハンドレースに挑戦するためにショートハンド(少ない
乗員)で乗れるように工夫されたヨットであったが、裏を返せばあまり細かい操船をしない
(できない)ように設計されていた。 その後オーナーが変わる度にいろいろな儀装の工夫
やクルーのアイデアで弱点は克服されていたが、唯一残っていたのがGennakerでの
ジャイブ(風下へヨットをむけてセールの向きを変えること)のハンドリングだった。  
ジャイブする際に普通のヨットと違いスピンポールの根元を
はずすという作業をしなければならなかった。   風が弱い状態ならば簡単な
作業だが、強風下での作業はバウマンに危険がともなうばかりでなく、ポールやセールの
破損などのトラブルを引き起こしてしまう可能性が大きくなってしまう作業だった。
このままのコースで進めば、モロカイチャネルの真ん中で、この危険なジャイブ作業を
しなければならない。    

モロカイに差し掛かると同時に風向きが東から北側にすこしづつシフトしていった。 
ジャイブなしでもチャネルを抜けてフィニッシュラインにぎりぎり届くコースの
可能性が見えてきた。    海図上では簡単にひける一本の直線だが、
風が一瞬一瞬変化する海上で、しかも風下真っすぐに帆走しているヨットでは
このコースが非常にむずかしいことはクルーの誰の目にも明らか。  リスクがあるのは
ジャイブだけではなかった。 チャネル北側のオアフ沿岸は、危険な浅瀬が多く
ここは絶対に近づいてはいけないエリア。 
今の風向きなら一本の直線コースをぎりぎり通過できるが、少しでも
風向きが逆にシフトすれば、座礁をさけるために、すぐにジャイブを行わなければ
ならないという綱渡りをLEGLUSは始めてしまっていたのだった。

仙人スキッパーはジャイブしないぎりぎりのコースを探るようにヘルムを取っていた。 
クルーも全員がデッキにあがって近づいてくるオアフ島を見ながら祈っていたはずだ。 
最後は神が味方してくれたのだろう、風向きはそのままシフトすることなく
安定して、しかもモロカイチャネルにしては非常にやさしく、LEGLUS
を歓迎してくれた。  20ノット弱の風の中をLEGLUSは快走してダイヤモンドヘッド
に近づいていた。   そしてダイヤモンドヘッドの灯台が見えてきた。
それに赤いダイヤモンドヘッド沖のブイも。   灯台とダイヤモンドヘッドブイを結ぶ
仮想線上、ブイの南側がフィニッシュライン。  
LongBeachをスタートして太平洋上ではばらばらになった参加50艇の全てが
このブイを目指して2250マイルを渡ってくるのだ。 


モロカイ北側からオアフのダイヤモンドヘッドまでのまっすぐならトラックライン。 風向きマークが
トラックとほぼ重なっている。 20ノットの風の中、真ランぎりぎりで帆走したのがわかる。




全員、チームユニフォームのアロハシャツに着替えてゴールを待つ
数少ない航海中のクルー全員での一枚



そしてLEGLUSもこのブイを通過した。  
11日と23時間前にロングビーチをスタートしてから
ずっと目指していたダイヤモンドヘッド沖のレッドブイ。  

ハワイ時間7月13日午前9時19分49秒だった。 



フィニッシュを通過してから、目に飛び込んできたワイキキは、いままで見てきた
海だけの景色からは想像できないくらいに豪華絢爛に見えた。 
そのビーチには派手な水着やアロハシャツをまとった人達が闊歩しているのだ。
なんて平和な島なのだろう。    


Hawaii Yacht Clubのボートに先導されてAla Wai ハーバーに入っていく。 
ヨットクラブから船名やクルーの名前がAlohaとともにコールされるのが聞こえてきた。 
LEGLUSのアロハシャツを着た人達がヨットクラブ前に何人も見えてきた。  
日本から来たLEGLUSのサポーター、家族の皆さんだった。   
知っている顔もたくさん見えてきた、わずか12日前、スタートまで
応援に来てくれたLEGLUSのオーナー、サポーター、家族の顔もなぜか
懐かしい。    ポンツーンにLEGLUSがドックしてからは、皆さんの
大歓迎を受けた。 まずはパイナップル容器入りのマイタイで乾杯。
クラブのボランティアの人達とチームサポーターが協力して準備してくれた、
素晴らしい食事の数々をいただきながら、話は尽きない。  
全員で40名+LEGLUSでヨットクラブをほとんど占領してしまった。 
見ず知らずのヨットクラブの人達からも声をかけられた、
『いままでゴールしたどのヨットよりも一番派手な歓迎だぞ、お前達。』
クラス6艇の参加中5位。 けっして誇れる結果ではないが、
応援してくれた仲間達はどこのチームにも負けないようだ。 






そして夢のような時間を、大好きな仲間や家族達とハワイの太陽の下で堪能した。 


Epilogue  
冨倉オーナーとCMCが2年をかけてサポートしたLEGLUSでのTranspacの
挑戦はハワイに無事フィニッシュしたことで終わった。  満足できる
成績ではなかったけれども、トランスパックに参加できたこと、LEGLUSにナビゲーター
として携わったこと、そしてレースに参加したファイナルクルーだけでなく、
ファイナルに残れなかったクルーメンバー、ヨットを太平洋を渡って運んできて
くださった回航メンバー、LEGLUSと関わったすべての人達に会えた幸運と
それを実現してくれたヨットLEGLUSに心より感謝の意を表明します。 

自分の長年の太平洋を渡りたいという想いはかなえてもらえたが、
チームにはどんなことをしてあげたのだろうか?

貢献できたのかな? 

レース中に引いたコースはどうだったのか?

あのとき、もう少し違うコースを取ったならどうなったのだろう?

自分があそこでヘルムをとっていたなら、どうしたろう? 

フィニッシュして時間がたった今でも、Transpacを振り返ると
そんなことが頭に浮かんでしまう。  

レーススタート前に参加したスキッパーズミーティングで、開催側
の司会者が参加チームのスキッパーに質問したことを思い出して
いた。 『5回以上の出場者はこの中に何人くらいいるのかい?』
と言われて10人以上のスキッパーの手が上がったのを思い出した。 
なかには、10回以上のスキッパーも!  
一度レースに出たら、また戻りたくなってしまう、また挑戦したく
なってしまう。  1年以上の準備と練習、そして費用も通常の
ヨットレースとは桁違いにも関わらず。 
これがトランスパックの魅力なのだなと納得しながらも2年後の
有給休暇の言い訳を考えはじめている自分がいた。 


最後に:
貴重な体験をなるだけ忘れないうちに、記録を残そうと書き連ねている
うちにずるずるとこの長さとなってしまいましたが、
最後までお付き合いいただきありがとうございました。        
月日はあっという間に流れ、Transpacのフィニッシュから6週間が過ぎ、
すでに9月に入ってしまいました。 

LEGLUSはTPフィニッシュ後に再び太平洋を越えて、SFに戻ってきました。
現在はSausalitoにて係留され、今回のプロジェクトをUSからサポートした
チームSeekerが暫く預かることになりました。 
新しいメンバーを乗せて、SFベイをセーリングすることになるかと思います。 
LEGLUSに乗りたい、ヨットを学んでみたいという人がいれば
いつでもコンタクトをお待ちしています。    

2009年9月1日火曜日

Over the rainbow : TP-7

破れたセールを片付けるのは辛い作業だったが、よいニュースもあった。 
RunnningSpinの一枚は縦に裂けたように切れていたので、補修の可能性がでてきた。 
裂けた部分をメジャーを何度も手繰りながらはかってみると、14メートル。 
両面からテープを張って補修するには最低でも30メートルのテープが必要。 
事前に準備しておいた、補修テープは20メートル。  あとは1.2メートルx1メートルの
大きな補修パッチがあった。 補修パッチをテープとほぼ同じ7.5センチ幅に切り取って
長さ1.2メートルの補修テープが10本完成、なんとか補修できそうだ。 
あとはきれいに張るだけなのだが。。。。 
全長が16メートルのヨットの上で20メートルのセールを補修することがどんなに大変か
想像できるだろうか。  しかも平らの部分は船内に入って何も置かれていないたった
畳2帖分ほどの床面しかない。  巨大なセールをコックピット入り口に押し込んで、切れている
部分を上から広げて、2帖分だけ平らにして、その部分にテープを張る。 張り終わったら、
テープの上をスピーンで擦って丁寧に空気を抜いていく。  きちんと張れたことを確認したら、
次の切れ目が平らになるように2帖分だけ手繰りよせる。  これを14メートルの傷全てを
カバーできるまで繰り返す。 そして表面がおわれば、同様に裏面にも全く同じ作業を
行うのだ。 空気が流れにくい船内での作業に汗が額から滴り落ちる。 

Watch交代もはさんでヨットを走らせていないクルーが交代で作業を
おこない、約4時間で作業が終了した。   


仙人スキッパーと山下さんが補修の作業を開始



船内の床に破れたスピンを押し込む


補修作業中の山下さんとりょう 張られたテープの上をスプーンを使って押さえていく。


ブルーのセール生地の上に縦一本の補修テープのラインは、痛々しくもみえるが
我々の4時間の作業の勲章でもある。   
さっそく、補修したRunning Spinをあげる。  
誰もが傷をかばうように、いつもよりやさしくセールをハリヤードで引き上げ、いつもより
丁寧にスピンシートを引き込んでいく。  
風がスピンにはらんで”ボンっ”と音がするが
異常もなくLEGLUSを、風下方向へとぐんぐんと引っ張ってくれる。 
わずか幅7cm足らずのテープがどこまで頑張ってくれるのかな? 
できる限り距離を稼いでほしい、祈るような気持ちでセールトリムを開始した。 




水平線を見渡すと、スコールがあちこちで降っているのが見える。 
そしてそれを太陽が照らすときれいな虹が見えた。   
この日はいくつのスコールと虹をみながら、Running Spinをトリムしたのだろう。
何事もなかったかのように、Running Spin は風をはらみ続けた。 


ヘルムをとるバウマンマッキーと。 後方にスコールが迫っているのが見える。 




Is that Big Island?
『どれくらい陸に近づいたら、目で確認できるんですかね?』
最年少クルーのうずがそんなことをいった。  
そういえばスタートしてから11日目、海しかみていない日が続いている。

『30マイルくらいでも、夏だと見えないんじゃないかあ』
 
『じゃあアレは雲ですね。 なんか白く光って見えたんけどねえ』

え、アレ?  雲じゃないの、あんなに高いところに陸は見えないよ。


などと会話していたが、我々が見ていたのは紛れもなく陸だった。
ハワイ島マウナケア山頂にある各国の天文観測所が白く光っていたのだった。

スタートして11日目、カリフォルニア時間で7月11日21時(ハワイ時間で18時)
とうとうハワイ島が肉眼でみえるところまでLEGLUSは来ていた。   
ログで確認すると、島までの距離はほぼ38マイル手前だった。 



雲の上からマウナケア山頂付近の観測所が見える。(尾根に白い建物が)


そしてその日のサンセット。 ゴールまでは150マイルを切っている。  
これがレース中に見る最後のサンセットになるかと思うと、格別に見えた。 
そういえば、きれいに海に沈んだサンセットは
今回のレースでは見ることができなかった。 それともサンセットをじっくり見る暇もなかったのだろうか




ハワイ島の約30マイル手前に近づいた時点でLEGLUSは進路を
北西290度に変更。  ハワイ諸島にぶつかって北に進む海流に乗ってスピードを増
しながらマウイ、モロカイの2島をぎりぎりで交わす作戦だ。  
日が暮れてからは、ハワイ島の島影にいくつか街の明かりがみえた。 
夕方にみた11日ぶりの陸と同様に、夜にLEGLUS以外からの明かりをみるのは
久しぶり。 WatchOffになっても、まだデッキ上で明かりを見ていたい、
そんな気分だった。 

そして1時間もしないうちにマウイ島がみえてきた。 もう夜中だというのにはっきりと
島影がみえる。 距離も近いこともあり、ハワイ島より町の灯りは明るくみえた。   
昨日までの星しか見えなかった夜の帆走とは大違いだ。  
あかりのひとつひとつが人の活動している場所から届いていると
思うと、そこで生活している人達の平和が見えるようだ。  

フィニッシュ前100マイルコールをマウイ島の東端より北15マイル地点よりおこなう。 
ここからのコールでは自艇のポジションに加えて、フィニッシュの予測時間、
ETA(Estimated Time of Arrival )を伝える義務がある。  
現在の艇速から予想した到着時刻、ハワイ時間13日午前9時半を伝える。
レポートした後でも、本当にハワイ時間の午前中にダイヤモンドヘッドが見える位置に
いるのだろうか?自問してしまうような不思議な気持ちだった。 
早くフィニッシュしたいが、本当に4000Kmもセーリングしてきたのだろうか? 
実感が沸かなかった。